私は社会不適合者です。
ここでいう社会不適合者というのは、社会に馴染めて生きていくことが難しかしい人のことと定義させていただきます。
ということで、改めて私は社会で馴染みながら生きていくことが苦手な人間です。
その兆候は学生時代から見え始めていました。
私は昔から「おかしいこと」「それは間違っている」など、疑問に思ったことや違和感に感じたことは何でも意見として言ってしまう人間でした。
また、強要されることがものすごく嫌でした。
特に、意味が感じられない学校のイベントで、無駄な時間を過ごすことが一番嫌いでした。
それに関して私なりに時間の無駄であることなどを教師に質問しますが、多くの教師は「ルールだから」としか言わず、私としては納得できることは一度もありませんでした。
で、結局そのイベントに楽しく参加できるわけでなく、ぼーっと過ごしていると呼び出しを食らいます。
「なぜあんな態度で参加するのか」と。
私は言いました。
「意味がないから」
すると、教師は私の質問には答えようとせず、
「ルールに沿えないお前がおかしい」
「お前がいるから周りの人間がダメになる」
などと言いました。
これまたこの発言はおかしいと思った私は、すぐさま親に報告。
結局、この話は大変な騒動になりましたが、小学生、中学生の私は基本ずっとこんな感じでした。
こうやって書くと、「どんだけ盛って書いてるの?」と思われるかもですが、ご安心ください。
私と学校が同じ友人などに聞いていただいて確認を取っても大丈夫と、胸を張って言えるほど本当の話です。
私はおかしいと思ったことに対して、どのようにおかしいと思うのか、論立てて話す子供でした。
子供としては非常に可愛くないです。
しかも扱いにくいです。
だから多くの教師は私を嫌い、私もそれをわかっていました。
ですが、疑問に思ったことに関しては、モヤモヤしたままではいられないのです。
そのまま大人になった私は、社会でもうまく馴染めることはありませんでした。
上司の発言に対しておかしいと思ったことは、具体底におかしいところを意見としていう。
そんな私を評価してくれる人も社内にはいましたが、多くの上司が私を避け、さらには「お前みたいな部下、絶対持ちたくない」と先輩社員に言われたりもしました。
そんな日々を過ごす中、私は心身を病みました。
これはいけないと思い、会社を退職。
それがフリーランスになる第一歩でした。
フリーランスになってからは、毎日が天国でした。
フリーランスで生きていくためには、自分で仕事を獲得し、自分でギャランティ交渉をするなど、全て自分でやらなければいけません。
そんなフリーランスの生き方に対して「大変そう」「面倒臭い」と思う方もいるかもしれませんが、私にとっては、それが楽しくて楽しくてたまりませんでした。
自分の意見を持ち、それを相手に伝えること。
自分で全ての責任を持ち、仕事を進めること。
それが自由にできるフリーランスは、私にとって適した環境でした。
そして当時、中途採用求人が0だった音楽療法という仕事を自ら営業をして開拓し、フリーランスになって数ヶ月後には多い時には週7の依頼が来るようになりました。
月収も、当時周りから「音楽療法士だけでは食べていけない」と言われていましたが、毎月数十万の収入を得ることができていました。
日本の会社って、もちろん会社にもよりますが、会社のいうことに従う人の方が評価される傾向が高いのでは?と感じるところがあります。
あくまで私の感覚ですが。
もちろん、その環境が適している方もいます。
ですが、私はどう頑張ってもその環境に適することができなかった。
おそらくこのブログを読んでいるあなたも、社会に適合することができず、悩んでいるかもしれませんが、そんな自分を責める必要は一切ありません。
できないならできない。
できないならできる場所を探す。
南極に住んでいるホッキョクグマが、ハワイに住めなくて悩んでいると思いますか?
生きづらさを感じているなら、自分が生きやすい場所を探してそこでとことん人生を謳歌すればいいのです。
そんな人を私は応援しています。
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